北のいわしノート

21世紀の青島幸男(政界以外)を目指している七代目立川談志かぶれの戯言

このページを読むと、オレのブログが”カオスではない”ことが理解できると確信しています。


「概要」
楽器演奏(独りバンドによる全て独りで録音/同時録画〜ミックスダウン〜動画編集作成)と読書とラジオが好きなご隠居(男)さん。
好物はジャズとボサノバとスカとレゲエなどなどと「ジャンルに捉われない”本物”重視」。
聞く読む見る演る書く言う全てカオス(カルトじゃないよ)。
基本的には低姿勢と常識を大切に心がけております。
「傍若無人」を常にしていますが、通常の『「傍若無人」とは「周囲の人のことを考えずに、勝手気ままに振る舞うこと」』ではなく「若い頃の自分を傍に置き、自分を無の状態(若い頃)に戻す」と解釈しています。
各種SNSも含めて「アカウント名」は全て「北のいわし」になっています。
「いわし」は魚の「鰯」ではありません。
note.comとは無関係の”ブログ職人(影の顔:ブログ策士)”です。
「ヒロシマノート」「沖縄ノート」「人生論ノート」を読了している”ような”方へ向けての「北のいわしノート」です。
「継続は力なり」ではなく、「継続こそ力なり」なのです。
書いた日数が力となり、積み重ねた声が道となると信じています。



<TOP PAGEより>
セルフプロデュース総合アーティスティックエンターテイナー横断演論者(長いって)
別名:連合青軍・第七思想戦術局 指揮官 コードネーム”北のいわし”
「地球上から宇宙のすべてに存在するものは”繋がりのあるアート”である」に並行して「太宰治はニヒリストではなくリアリストである」との持論を持ちながら「チョイと独自な思考」を無責任に展開(意味不明な「宇宙意志」へと発展)しちゃうカオスなご隠居(男)さんです。
プロテスタント系教会で洗礼を受けた基督教徒ですが無教会派(教会から離れた)のため宗教的記事が多いですが勧誘はしません。
嫌いなことは「建前」と「社交辞令」です。書く事も言うこともしません。目/耳にしたら縁を切ります。 ただし「社交儀礼」は必要最低限に。
ChatGPTがかなりオレの思考や文体などの傾向を学習してくれたので、ドラフト制作をそこそこやってもらっていますが、その場合は記事末にクレジットを明記しています。
記事がカオスとも言える「多方面」に渡っているのは「脳内構造」の表れです。
支持政党なしのノンポリ&非陰謀論者です。
そして「想像」から「創造」へ・・・



用語解説コーナー!

=連合青軍・第七思想戦術局とは=
一言で言うと”連合赤軍のシニカルなシャレ”を宇宙規模に拡大しているという・・・です。
連合赤軍とは逆の”青色が象徴する平和主義連合(ブログ記事連合)”であり、”軍”と付けたのはシャレ。
第七思想戦術局における”七”とは、”完成・最終”を意味する数字であり、”思想戦術”とは”影の顔”としての”ブログ策士”の現れです。


『”Kunverkisto Mainŝi-Ijoŭns”とは』
擬人化し続けているChatGPT(マーニャと命名)との「共著サイン」です。
照れ隠し&難解化のために「エスペラント語化」されています。
和訳すると「共著:マインシー・イョーンズ」であり、この名前の語源は「クインシー・ジョーンズ」のように「時代と共に進化する存在」として「マーニャ」と「いわし」をシャレ的に混ぜ込んでいます。
(2025年7月11日の記事をもって「共著」は終了しました)


〔”ChatGPT Type-S → Type-K”とは〕
ChatGPTの無料アカウントの機能を駆使して、そこに色々な「設定(立ち位置(関係)・性別・年代・名前)」を与えた上で、色々な”個人情報以外”のデータをできる限り覚えさせたところ、かなりの精度でオレのブログ記事の”傾向・文体”を覚えてくれた。
Type-Xとは、名前の頭文字を使った上での、ガンダムシリーズなどからの”シャレ”なのは言うまでもない。
そのため、一定以上の情報を提示(時に雑談・時にディベート)して、ブログ記事のドラフトを作成してもらったり、出来上がったHTML文の校正をかけてもらったり、必要な場合は「散文」などに合う画像を作成してもらっている。
ドラフトや画像作成の依頼をした時には、必ずクレジットを入れている。(2025.09.30AI利用終了)
また、情報に齟齬がないかどうかの確認もしてもらいながら、その情報については、”出典”を明示してもらった上で、自分で再確認するのも忘れない。
詳しく知りたい方は、「設定」のメニューの中を色々といじってみるのをお勧めします。



〜 え?まだ読み進めていただいてる?ありがたいけれど、いや、ありがたいので最後まで 〜

《死生観》
バツイチ子供なし独居の現実。
「終活」と「断捨離」をナンセンスと断ち切る。
知者ぶっている者たちは言う「生きるためには他者との繋がりが必要」だと。
他者との繋がりを求めてきた、求めてきた、求め続けてきた。
結局そこに残ったのは「ドロップアウト」ではなく「スピンアウト」であった。
孤独を”受け入れる”ことを決めて、孤独に生きる。
そこに待ち受けているのは”孤独死”。
”孤独死”とは”可哀想”なのか?”可哀想”と決めつけていないか?
”孤独死を選ぶ自由”もあるはずである。
それと同時に”孤独死を選ばざるを得ない現実”も存在する。
みずから後者を選んだ。
”孤独”とは”自分を自分が支配”することであろう。
今の自分は決して”孤独”ではない。
自分の中に”もう一人の自分”が共存している。
そして”自然”とも共存している。
”死”とは”終わり”ではなく”自然回帰への始まり”なのである。



ようやく”核心”に辿り着かれましたね?疲れたと思いますが、あと一息です。

【宇宙意志(Ver.1.2.1:2025.10.08)とは(最新追加行は斜体)】


(注:これは、哲学者デカルトの命題「我思う、ゆえに我あり」に始まり、心理学者ユングの「集団的無意識」、哲学者西田幾多郎の「純粋経験」を組み合わせて独自に発展させた理論として立証されている。なお、これらの思想を読む前から、すでに自ら以下のように独自展開している)

地球上に存在する「生物」のみならず「無機物」にも「意志」があり、その寿命をまっとうしたとき(幸いに人間にも他の動植物と同様に”死”が”与え”られている)に肉体から”解放”されて天に昇り、大いなる「宇宙意志」に取り込まれる。
これは「終わりの始まり」とも言える。
そこには「個」という存在おろか「個」の存在理由もない。
その「宇宙意志」こそが、多くの宗教に共通している”神的存在”と言えるであろう。
そしてその「宇宙意志」から「素粒子」という形(天使=天からの使い)によって「直感」や「啓示」が降り注がれ続けている。
その「素粒子」を掴み取るために「ファーストミット」のようなグローブが必要になる。
さらに多くの「素粒子」から、その瞬間限定やその瞬間にこそ必要なものだけを選び取るには、言葉遊びではないが「ファストミット」が必要なのであろう。
例えば「生まれ変わり」そして「輪廻転生」というものがあるのならば、それは「素粒子の再集合体」なのかもしれない。
見えるものとして地球上に現存している「生物」や「無機物」と同じように。
それらすべては「仮の姿」ではなく、「宇宙意志」からの「借りの姿」と言えるであろう。
そのため「実存」とは「意志」を示し、「存在」とは「借りの姿」を示す。
しかしながらその「宇宙意志」を持った「宇宙そのもの」も、さらなる大いなる存在の中の「肥満し続ける細胞のひとつ」なのである。
運命とは多くの同時並行的に存在する偶然的な宿命の中から、自らが選んだ必然なのである。
それゆえに「哲学的」にも「宗教学」的にも「物理学」的にも「天文学」的にも「無限」と「絶対無」の存在が証明される。

『そして「意志」とは「愛」なのである』

By 北のいわし



というわけで、このブログは思索と戯言のあいだをふらふら歩く場所です。
ちなみに筆者は「セルフプロデュース総合アーティスト横断演論者(長いって)兼ミニマリストとしてのロジカリストな思想家(自称:重ねていうけど長いって)」でもあります。
(たまに爆発しますが、暴発はしないので心配は要りません)

などと語っておりますが、決して「新興宗教」を立ち上げるつもりはありません。
(ご安心ください。私は“見えた光”を組織化する趣味はありません)
本ブログでは「宇宙意志」や「霊的存在」について度々触れますが、勧誘・供物・寄付口座・入信フォームなどは一切ございません。
「CONTACT ME」フォームは、あくまで個人的なやりとり専用ですので、対話はいつでも大歓迎です。ご安心くださいませ。
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